積もったばかりの雪を見ると理由もなく逃げ出したい衝動に駆られる。
きっと、曇りのない白さが、踏み込まれるのを拒んでいる為だ。
他人が聞いたら笑うだろう、そんなことを考える。

「…此処に、居たのか」

背後から聞こえた小さな声に、振り向きもせずにはやとは告げる。

「…なぁ、いずみ。お前は、これを、どう思う?」

いずみと呼ばれた少年は、躊躇いながらも歩み寄り、首を傾げて問い返す。

「…それは、どういう意味だ?」

困るいずみに見向きもせずに、はやとは黙って白を見る。
これから汚れていく白が、あの濁りきった空から生み出され、積み重なっている。
そう思うだけで、何故か、どうしようもなく、やるせない思いが込み上げた。

「なんで、こんなに白いんだろうな。」

やや乱暴に、足踏みすれば、ざくり、ざくりと音がする。
足下の白が、徐々に輝きを失っていく。

「なあ、なんで白、なんだ?」

ざく、ざく、と雪を踏む。踏みしめる度に、悲鳴が上がる。
黙り込んだはやとと、汚れていく白を見て、何か言わねばといずみは焦る。
彼の問いに、応えねば。何か、言葉を紡がねば。 焦れば焦る程に、探せば探す程に。
言葉の選択肢は狭まり、蜘蛛の巣の様な思考の糸は、絡まる一方で決定的な回答を見出さない 。

「…、」

これと言った解決策も見当たらず、弱り果てて俯くいずみに、一つ。
何の意味もなく、価値すらもない疑問を投げかけた自分にも、一つ。
深く、長い溜息を、殊更ゆっくりと吐き出した。

「あのさ、」

霧散して行く己の吐息を視界に写し。
それが完全に消えたのを見届けると、漸くいずみに眼をやった。

「別に、困らせるつもりじゃなかったんだよ。唯、何となく、言ってみただけで」

だから、気にしないでくれよ。態と明るく言ってみせ、くしゃりと頭を撫でてみる。

「そう、だろうか?」

躊躇いながら、顔を上げ、そうっとはやとに視線を送る。
萎縮しきったその態度に、再度胸中で溜息を吐いた。

…このいずみ、どうにも自分の手に余る。

幾ら幼なじみとは言え、よく今までやってこれたものだ。
否、余りにも正反対だからこそ、此処までやってこれたのだろうか。
どちらにせよ、今はこの沈みきった空気を何とかせねばなるまい。

こんな気の弱い奴が、生きていけるのか。
そんな事を考えるて、眼を閉じ小さく息を付く。


(えみや、早く来てくれよ)

この場にいない、もう一人の幼なじみを小さく恨み、
同時にこれは、使えると、胸の内でほくそ笑む。
そんな内心を悟られぬよう、大袈裟に呆れ返って、縮こまるいずみを見下ろした。

「だが…、」

尚も躊躇ういずみに軽く、肩を竦めて見せた。

「そんなだと、またえみやに女って言われるぞ」
「それは…っ、」

途端に慌てふためく姿を見、続け様に言ってみる。

「うっかり、のらに聞かれたら、それこそ一生からかわれるぞ?」
「…っ、」

益々狼狽えるいずみを見、何とかなったかと安堵する。
あんな重い空気、とてもじゃないが、耐えられない。 それを呼び出したのは、紛れもなく自分なのだが。
それはこの際、気にしない。
にやにやと笑うはやとを見、反撃しようといずみが言う。

「そういうはやとこそ、何時もからかわれているだろう」

途端に苦い顔をして、吐き捨てるように悪態を吐く。

「うるせ。俺は元々彼奴が嫌いなんだよ」

余裕こきやがって。何時かぎゃふんと言わせてやる。
敵意剥き出しなその声に、気付かれぬ様に呟いた。


「…だから、からかわれているのだろう、」

聞こえているのか、居ないのか。
今は怒りで手一杯なのだろう、立て続けに罵詈雑言を並べ立てる。

「大体えみやもえみやだよ。あんなムカつく野郎を親にしやがって」

お陰でこっちは大変だっつの。
無茶苦茶を言い始めるはやとに、小さく異論を述べてみた。

「子に、親は選べぬだろう」
「知ってらぁ!」

くわっと向けられた形相にびくり、と身体を強張らせ、それでも何とか、言葉を紡ぐ。

「救いは、全く似ていないということか」
「あぁ、そりゃな」


でなきゃ腐れ縁続けてねぇよ。

ぶっきらぼうな物言いに、呆れ返って上を見る。
…似てようが、似て無かろうが、さして気にもしない癖に。

「どうした?」
「いいや、別に」

気にしないでくれ。
そう告げれば、そうか、と軽く頷いて。
視線を前に向け呟く。

「にしても、えみや遅っせぇな」
「ああ、そうだな」

そのうちやってくるだろう。はやとに習って前を見る。
やがて駆けてくる彼の人に、一体何から話そうか、そんな事を考えて。

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