真白き世界、何処までも滲む醜い視界














見渡す限りの雪景色。見上げれば、何処までも青く、透き通った空。
白と青の眩しさに、僅かに眩暈を覚え。
同時に、飲み込まれそうな思いになる。
肌を刺すような冷気と、白く染まるまでの吐息。
幾度、この景色を見ただろう。問うた処で答えは出ない。

「のら、」

幼く、けれど妙に響く声。
何よりも祝福されるべきその声に、呼ばれた事に喜びを覚え。
微かに笑みを浮かべると、ゆるりと後ろを振り返る。

「何だい、えみや。」
「雪が、降ってきたんだよ。」

息を弾ませ、その小さく、頼りない 腕を大きく広げる。
未だ頼りない掌の、その先。
白く、白い指先の、全てを空に向かって伸ばし、広がる碧の、その向こう、遙か、遠くを掴もうと。
唯、無心に。
…終わり無き蒼に手を浸す。

「そうかい、それは、良かったねぇ」

伸ばされた手のその先を、視界の端に捉えると。
あどけない「子供」と廃れた「大人」との違いを知り、ほんの少しの落胆と、一握りの疎外感を覚え。
くらり、と。 軽い、眩暈を覚えた。

「早く、いずみにも教えなきゃ」

はやとと約束、したんだよ。一緒に教えに行こうって。

丸みを帯びた顔 を、心底嬉しそうに綻ばせ。
己の思いに気付かずに、浅はかな子供は無邪気に笑う。
…普段なら愛おしいと思うその声に、僅かばかり苛立ち、即座にそれをうち捨てる。

「ああ、それは良い。きっと、喜んでくれるだろう」

くしゃり、と出来るだけ優しく髪を撫でる。
気持ちよさそうに瞳を細め、喉を鳴らし、安心しきってその行為を受け入れるえみや。
世界は、真白で、完全で。崩れる事が無いのだと、信じ切った無知なる えみや。
幾ら、同じものを見たとして、自分とえみやは違う世界、全くの鏡像を見ているに過ぎない。
どんなに醜い物であろうと、幼い視界は美しく。神聖な物として捉えるのだから。
決して、交わる事のない、視界を思って瞳を伏せた。

「うん、きっと、喜ぶよ」

与えられる掌を、心から嬉しげに受け止めて、くふふと小さくえみやは笑う。

「ねえ、のら、父と母にも、教えたい、」

だから、手紙を書きたいと、ねだるえみやを暫く見つめ。
ゆっくりと首を横に振り、なるたけ優しく言い聞かす。

「えみや、それは難しい。君の親は忙しい。とても、返事を書けないよ」

む、と頬を膨らませ、良いじゃないか、そのくらい、声に出さずに言い募る。

「返事なんか、いらないよ」

だから、と続けるその前に、ぽたり、と涙が零れ。
思わず俯くその姿、…存在その物が、「淋しい」と叫ぶその姿に、僅かばかりの罪悪感と、言い様のない切迫感を覚え。
幾度も、幾度も繰り返す。

これはお前の為なんだ。

宥めながらも、いっそ、事実を言いたいと、願う自分が其処に居て。
抱えきれない感情が、自分の中で渦を巻く。
手紙など、出した処で届かない。  
いっそ、言えたらどれ程良いか。
それでも、目の前の子供をこれ以上、やるせない思いに浸したくない。
何よりも、そう思う自分が居るのも、揺るぎない事実。

「…うん、判った、諦める」

それに、のらを、これ以上、困らせたくは、ないんだよ、呟く声と瞳には、悲しみと困惑が込められて。
我が身を裂かれそうな程の、罪悪感を、感じてしまう。

「すまないね、えみや」

そうっと抱き上げ頭を撫でる。無言で享受するえみやを見、真冬の庭へと眼を移す。

嗚呼、何時か。何時か、自分は置いてゆかれてしまうのだ。

…そんな、予感に、捕らわれた。 [PR]動画